日々の写真日記

日々折々の野鳥や花などの写真を公開しています。

祇園祭のブログ記事

祇園祭(ムラゴンブログ全体)
  • 祇園祭・WEB還幸祭ギャラリーを公開しました

    祇園祭関連の最後のWEBギャラリーである還幸祭ギャラリーを公開しました。 祇園祭・還幸祭 https://photo-chrome.tok2.cloud/gallerybox/gallery07/202308kankousai/index.htm

  • 山鉾巡行Webギャラリーを公開しました

    ホームページに祇園祭・山鉾巡行を追加しました。 祇園祭・山鉾巡行 https://photo-chrome.tok2.cloud/gallerybox/gallery07/202308yamahoko/index.htm

  • 宵山Webギャラリーを公開しました

    ホームページに祇園祭・宵山を追加しました。 祇園祭・宵山 https://photo-chrome.tok2.cloud/gallerybox/gallery07/202308yoiyama/index.htm

  • 祇園祭・後祭の山鉾、大船鉾

    祇園祭、後祭りの山鉾紹介も今回で最後です。 大船鉾(おおふねほこ)は大型の船型の曳山で、山鉾巡行では最後に巡行します。 大船鉾は蛤御門の変で焼失してしまい、以後休み鉾となっていましたが、平成26年(2014)に150年振りに復活しました。 船形の山鉾のモチーフは神功皇后の朝鮮出兵伝説であり、ご神体... 続きをみる

  • 祇園祭・後祭の山鉾、南観音山

    南観音山の大型の曳山でご神体は楊柳観音と善財童子です。 宵山の深夜にあばれ観音という行事が行われます。これは楊柳観音像を布で巻いた神輿に乗せて激しく揺らしながら町内を回るという奇祭です。 この行事は観音様を落ち着かせるために行われるそうです。一節には北観音山の観音様への恋心を鎮めるため、とも言われ... 続きをみる

  • 山鉾・鯉山の懸装品

    懸装品(けそうひん)とは山鉾を装飾する豪華な幕地を指します。 鯉山の懸装品(けそうひん)は1570~1620年にベルギーで織られたタペストリーです。 元々は伊達政宗の命でヨーロッパに渡った慶長遣欧使節の支倉常長がローマ法王から下賜された5枚の連作タペストリーの1枚が山鉾町に伝わったものです。 タペ... 続きをみる

  • 祇園祭・後祭の山鉾、鯉山

    鯉山のご神体は中国の登龍門の逸話にちなみ、竜門の滝を登る鯉です。 この鯉は左甚五郎作と云われています。 山鉾の前面には朱塗りの鳥居を立て、奥にはスサノオノミコトを祀った朱塗りの祠を安置しています。 鯉山の会所ではご神体と懸装品が飾られていました。 この懸装品が素晴らしいもので重文に指定されているタ... 続きをみる

  • 祇園祭・後祭の山鉾、浄妙山

    浄妙山は平家物語の宇治川の合戦に材を取った山鉾です。 ご神体人形は源平合戦時に源氏方についた三井寺の浄妙坊と一来法師という2体の僧兵です。 荒法師・筒井浄妙が橋のたもとで奮戦中に後ろから来た一来法師が「悪(あ)しゅう候、御免あれ」と叫んで頭の上を飛び越えていきまんまと先陣を勝ち取ったというシーンを... 続きをみる

  • 祇園祭・後祭の山鉾、八幡山

    八幡山は石清水八幡宮から勧請した八幡宮を祀っています。 起源は定かではありませんが、応仁の乱前には既に創建されていたそうで、歴史のある山鉾です。 御神体は八幡神です。八幡神は第15代の応神天皇を指します。応神天皇は倭の五王の一人で、記紀によると渡来人を用いて国家を繫栄に導き、中世以降は軍神八幡神と... 続きをみる

  • 祇園祭・後祭の山鉾、鷹山

    鷹山は2022年に196年ぶりに復活した大型の山鉾です。 御神体は鷹匠(たかじょう/鷹使い)、犬飼(いぬかい/鷹を補助する猟犬を扱う者)、樽負(たるおい/道具等を運ぶ者)のお三方です。これは光孝天皇の御幸で中納言・在原行平が鷹狩りをする場面からとられています。 NHKの番組によると、復活したといっ... 続きをみる

  • 祇園祭・後祭の山鉾、黒主山

    黒主山は平安時代の歌人、大伴黒主を御神体とする舁き山です。 大伴黒主は六歌仙の一人で園城寺の神祀別当職に就いていました。 ご神体人形は黒主が桜の花を見上げて和歌を詠もうと構を練っているシーンとなります。 ご神体人形は神仏や有名な武将などが多いのですが、歌人とは如何にも京都らしい雅なセンスかと思いま... 続きをみる

  • 祇園祭・後祭の山鉾、北観音山

    大型の曳山でご神体人形は楊柳観音と韋駄天立像です。 宵闇の中で駒形提灯に照らされた山鉾は目も眩むほどの美しさでした。 山鉾11台の中でも対になる南観音山と並び、豪華さと煌びやかさは双璧といえると思います。 ご神体人形の楊柳観音と韋駄天立像。 胴掛けは西域の絨毯が使われています。 山鉾巡行時の北観音... 続きをみる

  • 祇園祭・後祭の山鉾、役行者山

    役行者山のご神体はその名の通り修験道の開祖、役小角(えんのおづぬ、役行者のこと)です。 左右に葛城神と一言主神を従えています。 役行者と葛城神と一言主神の関係ですが、説話によって異なりますが、葛城神と一言主神は同一の神で、役行者が一言主神に葛城山と大峰山の間に橋を架けるよう命じたということです。 ... 続きをみる

  • 祇園祭・後祭の山鉾、鈴鹿山

    ほとんどの山鉾は山鉾町の方々が管理運営しているのですが、鈴鹿山は近くの企業数社が主体となり1年交代で幹事企業を決めて運営をしているそうです。 NHK番組によると今年は地元にある通信会社(?)が幹事企業を努めているそうです。とはいえ地元の住民も粽(ちまき)の製造などで協力はしています。 鈴鹿山の由来... 続きをみる

  • 祇園祭・後祭の山鉾、橋弁慶山

    今年の祇園祭の後祭りでは11台の山鉾が巡行しました。 宵山と山鉾巡行では全山鉾を見てきましたので、それらを載せていきたいと思います。 宵山というのは山鉾巡行が行われる3日前から1日前を指します。 宵山期間は山鉾を巡行する山鉾町では会所を設けて山鉾本体や山鉾に乗せる御神体人形、あるいは山鉾を飾る懸装... 続きをみる

  • 還幸祭その3

    還幸祭の神輿の最後は地元の人がニシキと呼ぶ錦神輿会が中心になって担ぐ西御座神輿です。 神輿の御神体はスサノオとクシナダの子供たちである八柱御子神(ヤハシラノミコガミ)です。神輿の屋根の形は八角形です。 神輿に先駆けて宮本組の神宝奉持列が通り過ぎて、その後西御座神輿が西楼門前の通りを右折していきまし... 続きをみる

  • 還幸祭その2

    21時頃八坂神社に到着し神輿を待つことにしました。 既に四条通りに面した西楼門前には大勢の見物人が待機していました。 私もなんとか隅の方に場所を確保して待つことにしました。 最初に清々講社、宮本組が戻ってきました。 清々講社・宮本組は祇園祭のサポート組織で神事も担います。行列の先頭で神宝などを運ん... 続きをみる